ABA療育は様々な形態(やり方)で行うことができます。最もよく知られている形態のひとつにディスクリート トライアル トレーニング (DTT:Discrete Trial Training)と呼ばれる方法があります。1980年代にロバース博士の研究でDTTの療育効果が証明されたことで注目されました。DTTは、課題を細かくステップに分けてひとつひとつの試行を繰り返し練習することで適切な反応を増やし、スキルを習得していく方法です。一般に、教える側(セラピストや保護者など)主導で机上の課題が行われ、適切な反応に対してやりとりに関係のないおもちゃや食べ物などがごほうびとして使われます。DTTを用いた療育ではスキル習得に向けて何度も練習する機会を子どもに与えることができますが、課題への抵抗が生じやすく、習得したスキルを他の場面でも使えるようにするためにはさらなる訓練が必要であるといった難しさがあります。
DTTとは異なり、子どもが興味を示す教材や活動を使って自然な遊びや活動の中で様々なスキルを教えていく方法として、ナチュラル エンバイロメンタル ティーチング(NET:Natural Environmental Teaching/Training) と呼ばれる形態があります。DTTと同様に課題を細かくスモール・ステップにして(課題分析を行って)教えていきますが、やりとりに関連する自然な結果をもたらすことで子どもの適切な反応や試みを増やしていきます(例:子どもが「ボール」と言ったら、好きなおもちゃや食べ物ではなくボールを渡す)。NETの他にも子どもの動機に着目して学習を促す方法はあります。これらのアプローチは子どもの自発性を促す上でも有効であり、子どもの発達段階に合わせてDTTとうまく組み合わせて用いることが重要です。以下にNETの特徴についてご紹介します。
NETでは子どもの動機に着目し、自然なやりとりの中で学習機会を作ります。例えば、子どもが手に取ったおもちゃを使って、その子に必要なスキル(例:色・形の弁別、見立て遊び、交換などのやりとり)を教えます。好きなおもちゃと一緒に新しい課題を提示(ペアリング)したり、遊びの見本を見せる(モデリング)など、やりとりの中で子どもが注目するきっかけを作ることで動機を引き出し、子どもの興味・関心を広げていきます。
生活の中で使えるスキルとは?「りんごどれ?」と聞いたときに、子どもがカードの中から「りんご」のカードを選ぶことができたとします。しかし、おままごとをしている時に「りんごちょうだい」と言われてりんごを弁別できなかったら、習得したスキルはある一定の環境下における限定されたスキルとなります。自然なやりとりの中で使えるスキルを身につけるためには、教える環境をできるだけ生活環境に近い形にすることが大切です。NETでは、遊びのような活動の中でスキルを教えていくことを目指しています。
異なるもの・場所・人とのやりとりの中で適切に使えることをスキルの般化(Generalization)と言います。例えば、にんじんの弁別を習得した子どもが実際にお買い物に行くと仮定します。目の前に並んだ野菜の中から「にんじんとって」と言われた時に、にんじんを選ぶことができなかったら、弁別スキルは習得できたと言えるでしょうか?習得したスキルを教えられた環境の中だけでなく般化させることが大切です。NETでは自然な環境下で学習をすすめるため、般化の要素をたくさん組み込むことができます。
DTT | NET | |
---|---|---|
教材 | セラピストが教材(絵カード、おもちゃなど)を選ぶ | 子どもが興味を示す教材(おもちゃ、絵本など)や自分からやり始めた活動を使う |
やりとり | セラピストが教材を提示し、適切な反応が出るまで試行をくり返す | セラピストと子どもが一緒に遊びながら、やりとりの中で学習機会を作る |
環境 | 構造化された環境で教える | 自然に起こる活動の中で教える |
課題分析 | 課題を細かくスモール・ステップで教える | |
強化 | 任意の強化子(一般に課題に関係のないおもちゃや食べ物など)を使用し、適切な反応を強化する | やりとりに関連する自然な強化子を使用し、適切な反応や試みを強化する |
般化 | 習得した試行を異なるもの・人・場所でも適切な反応ができるかスキルの般化を確認する必要がある | 自然な環境で教えることでスキルを般化するための要素(実際と同じような環境など)を組み込みやすい |
NETでは、あらかじめ練習する課題の順番ややり方が設定されているわけではなく、自然な遊びのやりとりの中で学習機会を作っていきます。ここでは、NETを実際に使う際の難しさやそれに対する対処法をご紹介します。
NETを使った療育方法においては、まず子どもの動機を捉えることが大切です。「動機を捉える」と一言で言っても子どもの発する動機のサインは様々です。例えば、欲しいおもちゃに手を伸ばす、ある活動を自分からやり始める、集中してやり続けるというように動機が行動によく表れる場合があります。これに比べてお友達が遊んでいるおもちゃに目線を少しだけ向ける、大人から手助けされても抵抗せずに少し力を抜けるようになるというように動機が行動の小さな変化として表れる場合もあります。セラピストは、こういった子どもから発せられたサインに気づき、教えるタイミングを逃さないように努めることが必要です。
ある行動の直後に本人にとって好きなものや出来事を提示することによって、その行動の生起頻度が高まった時、この行動は「強化された」と言い、この時提示されたものや出来事を「強化子」と呼びます。強化子はひとりひとり異なるため、自然なやりとりの中で子どもにとって強化子として機能するものや活動を見極めなくてはならないという難しさがあります。以下に、遊びの中で強化子を見つける方法をご紹介します。
「自分からおもちゃを手にとって遊ぶか?」「ひとつのおもちゃでどのくらい持続して遊ぶか?」「手の届かないところに置いてあるものを要求するか?」など、遊びの中で子どもの行動を観察する
自分からおもちゃ遊びをしない場合や新しい遊びを導入したい時に「どっちで遊ぶ?」などとおもちゃを提示し、子どもが興味を示した方のおもちゃで遊ぶ
保護者や他のセラピストなど対象となる子どものことをよく知っている人にその子が好きなもの、興味のあること、苦手なことなどに関してインタビューする
自然な遊びの中で心理学の実験室のような環境を作ることは難しいため、ちょっとした実験をして子どもの反応を見て、強化子として機能するかどうか、どのくらい強い強化子なのかを見極める
発達に遅れや障害のあるお子さんの中には、興味の幅が狭く、新しいことへの抵抗を示すことがよく見られます。強化子となるものが少なく、食べ物や動画などに限定される場合もあります。そのため、セラピストは積極的に子どもの動機が上がるような学習環境を作り「やってみたい」「やってもいいかな」と子どもに思わせるようなきっかけを作ることが大切です。どのようなタイミングでどのようにしてそのきっかけを作っていくのか、セラピストは常に分析しながら経験を積んでいきます。また、提示した遊びや活動が子どもにとって少しの労力でできそうなことかどうかを判断することも子どもの動機につながります。
NETのアプローチを取り入れることでどのような変化が子どもに見られるでしょうか?変化はひとりひとり異なりますが、以下にその例を挙げます。
◯ 自発的に課題に取り組もうとする
◯ 「もう一回やりたい」という要求や好きなことが増える
◯ 新しいものや活動への興味・関心が広がる
◯ 周りにいる人の言葉・動きに注目するようになる
◯ 人とのやりとりが増える