<今井> 株式会社エルチェは、2011年1月に児童デイサービス事業(現・障害児通所支援事業)の「コンブリオ」から始まり10年以上経ちますが、まだまだ発展途上だと感じています。
私がこの業界に足を踏み入れたきっかけは、ある大学の社会人学生同士として、三竿さんと出会ったのが始まりです。当時、私は医療機器メーカーから会計事務所に転職したばかりでしたが、人生このままで良いのか?という漠然とした不安もあり、将来の道を決めかねていました。そこで、新たな学びを得るために大学に入り直したのですが、ちょうどその頃「特定不能の広汎性発達障がい」と診断を受けた親族がいて、自分なりにいろいろと調べているうちに、日本の福祉や療育が、当事者や家族に行き届いていない現状を知りました。そこから、当時福祉事務所で働きながら同じ教室で学んでいた三竿さんとともに福祉の道に進むことになったのです。
<三竿> 以前の私は飲食業界で仕事をしており、接客技術には自信を持っていました。それをより活かした仕事はないかと考えていた頃、友人の「高齢者の介護をしようかなと思っていて…」との言葉にハッとさせられ、対人援助の仕事に一気に関心が向きました。介護の資格取得のための学びの中で、障害福祉により興味が湧き、その道を目指すことになりました。資格取得後、ある施設で働くことになったのですが、そこで日本の福祉の現実を目の当たりにしました。
人や社会に貢献でき、非常にやりがいのある仕事であるのに、社会的地位があまりにも低く、人材の定着がままならないのです。その現状に疑問を持った私は、働きながら社会人入試で大学に入り、新たな福祉の在り方を模索することにしました。大学で学びながらいずれは起業をしたいと考えていたとき、今井さんに出会ったのです。
<今井> この業界に入って最初に感じたのは、これまでの福祉は対症療法しかしていなかったということです。何かが起こってすぐに対処することも大切ですが、何も起こらなければもっと良いのでは?そう考えた私たちは、「予防的介入」に取り組むことにしました。
実際にお子さんをお預かりする中で、早期にきちんと対応できていれば、お子さんもご家族も、こんなに苦しむ必要はなかったのではないかと感じることもあります。だから親御さんには、「うちの子どもってもしかして…」と思った時点ですぐに相談に来てもらえればと思うのですが、実際は「しばらく様子を見てみよう」とためらう親がほとんどです。でも親御さんが悩んだり、迷ったりしている間にも、子どもたちの大切な時間はどんどん過ぎていきます。お子さんのためには、正しい介入を正しいタイミングで提供することがとても重要なのです。
<三竿> 私たちの信念は、「子どもに一番効果のあるものを、提供し続けていく」ということです。だから過去に実績のあった手法だけを行うのではなく、新しい試みにも可能性がないか、常に模索しています。もし新しい実践に効果があると確信したら、柔軟にやり方を変えていきます。
少し大げさですが、朝令暮改をためらわない勇気を持っているのが、私たちエルチェの強さだと思っているからです。それは子どもの最善の利益を優先することが、最も大切だと考えているからこそできることなのです。
<今井> エルチェを立ち上げるにあたって日本の福祉の現状を調べるうちに、人生で一番ショックなことがありました。それは、福祉の世界は仁術よりも算術である場合が多いと感じたことです。すべてがそうだとは言いませんが、効果よりも利益重視という面があるのは否めません。もちろん慈善事業ではないので、利益を得るのは悪いことではないのですが、それのみを追求していくと、子どもたちに本当に必要な療育を行うことができなくなります。
そこで私たちは、採算の取れるギリギリのレベルで、最高の療育を提供しようという志を立て、このエルチェを作りました。少し口幅ったいですが、得することよりも、子どもたちの幸せな未来をつくりたいのです。運営が継続可能な範囲で最善の支援を提供し続けることが理想的だと考えるのです。
<三竿> 世界的にはもちろん、アジアでも日本の発達支援の分野は後進的です。
どうも日本の障害児支援は、“発達支援”ではなく“慈善活動”だと思っている人が多いように感じます。親御さんの中には、「うちの子を見てもらって申し訳ない、ありがたい」という気持ちがあって、施設側のやり方にあまり口を出さない親がほとんどです。
もしかしたら、「人に迷惑を掛けてはいけない」という日本古来のしつけ、子育ての歴史が邪魔をしているのかもしれません。また施設の側にも、新しい方法にチャレンジする努力や、成果を出していくという土壌がないのかもしれません。
<今井> 今の日本の福祉においては、効果というエビデンスがあまり重視されていません。子どもたちひとりひとりに個別に対応して、長い時間をかけて療育すれば、おのずと効果は上がるのですが、なぜか現場では実践されないのです。確かにひとりひとりの子どもたちに多くの時間を掛けるためには、それなりのコストが掛かります。
海外では医療に限らず、すべての分野でエビデンスに基づいた結果が重視されるのに、福祉の世界では支援者の感情が重視されることが多いのが現状です。効果があると分かっているのに、手間やコストが掛かるからとやらないことで、一番被害を受けるのは子どもたちであり、その親御さんなのです。
<三竿> そこで私たちは、公費で質の高い発達支援を提供する施設が必要だと考え、ABA のスーパーバイザーを探して、私たちの想いに共感してもらえるよう説得しました。10年以上前に、児童デイサービス制度を利用しながらABAスーパーバイザーが丁寧かつ長時間の研修を実施し、その研修を受けた支援者が提供する本格的なABAの理論に基づいた発達支援を提供したのは、私たちエルチェが初めてではないでしょうか。
<今井> エルチェを立ち上げて10年以上経ちますが、これまでの実績をきちんとデータ化して効果検証もした上で、説得力のあるエビデンスを掲げ、お子さんのことで悩まれているご家族はもちろん、国や行政にも評価してもらえる組織にしたいと思っています。
<三竿> 10年以上の活動を続ける上で、エルチェも少しずつ認知度が上がってきました。一部の研究者や行政に評価してもらえ、地道な活動が実を結んで独立行政法人からは日本で一番成果を出せる事業者として認められ、『所沢市子ども支援センター』の委託業者候補として推薦されもしました。残念ながらそれが支援を必要としている方々には十分に届いていないのが現状です。
これからも地道に実績を重ね、将来的には全国にエルチェの高いクォリティの発達支援を広め、日本の発達支援のスタンダードにしていければと思っています。
<今井> 私たちは、エビデンスに裏打ちされた最高の福祉サービスが提供できないのであれば、そのサービス自体を提供する意義はないと考えています。今の福祉事業は、当事者とその家族や環境を助ける制度になっていません。最良の支援に刷新できない事業者が生き残る制度になっています。そんなことでは、未来の子どもたちの可能性を奪うことにもなりかねません。
私たちは本気でこの業界を変えていきたい、革命を起こしたいと考えています。そのためにもエルチェの活動を通して、日本の福祉自体をボトムアップする必要があるのです。
<三竿> 発達支援のゴールは、社会的には「生活の質を上げ、 当事者とその周りの人が幸せになること」、技術的には「獲得したスキルを日常生活でも使えるようにすること」と考えています。生きづらさや困りごとを抱えたすべての子どもは、まずはできるだけ早くに正しい知識を持った専門家に指導してもらうべきなのです。
発達支援は、ひとりひとりに配慮した丁寧な子育てなのです。子どもが育っていく地域全体が、特性を理解し環境・関わりを工夫できれば、特別な発達支援は必要なくなるかも知れません。
<今井> 私と三竿さんがエルチェを立ち上げるときに志した、「誰もが一緒に、快適に暮らせる社会を築くためのお手伝いをしたい」という思いを忘れず、初志貫徹することが日々の目標であり、子どもたちの誰もが分け隔て無く、当たり前のように個別最適な保育、教育を受けることができて、今の我々のサービスを必要としない世の中になることが最終目標です。